マイクロストリップパッチアレイの設計

アレイアンテナは単一素子アンテナに比較して高い指向性を示します。指向性の高さはアレイ素子間の干渉効果によるものです。したがってアレイの設計では各素子の位相、振幅、素子間の間隔の最適化が必要となります。

アレイの放射分布とSパラメータは下記要素により決定されます:単一素子であるパッチアンテナの設計、アレイの配置と素子の間隔、給電線路のレイアウト。アレイの設計工程を何段階かに分けたうえで、上記要素を段階的に考慮することにより最適化設計が進めやすくなります。また、各段階に最も適したツールを選びやすくなります。

プリントアレイアンテナは無線LAN(WLAN)に多用されるアンテナです。以下ではCST STUDIO SUITEの回路ソルバーと3Dフルウェイブソルバーと最適化ツールによるWLAN周波数プレーナマイクロストリップパッチアレイの設計プロセスをご紹介します。高指向性かつ低コストでサイドローブレベルが低く、さらに5.18?5.85 GHzでインピーダンス整合の良好なアレイアンテナを設計ゴールとします。

パッチ素子

<p>図1: パッチアンテナモデルと変数パラメータ</p>

図1: パッチアンテナモデルと変数パラメータ

アレイ設計は、まずアンテナ素子の設計から始めます。本事例ではシンプルな方形パッチアンテナを使用します(図1)。CST STUDIO SUITEのモデリング機能で解析モデルを作成します:エアギャップのある二層基板の上にパッチを作成し、ABSボックスに格納します。二つのパラメータについて最適化を実行します:ひとつはパッチの一辺の大きさで、これによりパッチの共振周波数を調整します。もうひとつはエアギャップの幅で、これにより広い帯域幅を確保します。

アレイ計算機能

最適化設計を完了したアンテナ素子をアレイに配置します。CST STUDIO SUITEにはアレイレイアウトの定義に基づき遠方界を自動計算する機能があります。給電電流の振幅と位相、および素子の位置を入力するか、またはそれらの情報を記述したテキストファイルをインポートしてアレイを定義します。この例ではボックスとパッチによるレイアウト上の制限があるため、4 x 4 の平面アレイとしています。

アレイ計算機能はアレイ定義からアレイ係数を計算し、素子にアレイ係数を乗じて等価アレイの遠方界を導出します。この遠方界からアレイの利得と指向性が得られます。この後、利得が最大になるように素子間の間隔を最適化すると共に、サイドローブを削減するように給電電流の振幅と振幅を最適化します。

アレイの3Dシミュレーション

アレイ計算機能は設定が簡単で素早く計算できる便利なツールですが、結合やエッジ効果を考慮しません。現実的な遠方界を求める場合は、フルアレイモデルのシミュレーションが必要になります。アレイ計算機能とアレイシミュレーションでそれぞれ求めた遠方界をオーバレイしたプロットを図2に示します。ABSボックスが含まれているにもかかわらず、2つの結果はおおむね一致しています。大きく異なるのは背面への放射分布です。これは主にグラウンドプレーンの大きさと外側に配置された素子のエッジ効果によるものと考えられます。

<p>図2: 筐体効果を含む遠方界分布の比較<br/>フルアレイモデルによるシミュレーション効果(緑)とアレイ係数による計算結果(赤)</p>

図2: 筐体効果を含む遠方界分布の比較
フルアレイモデルによるシミュレーション効果(緑)とアレイ係数による計算結果(赤)

給電回路

素子の設計は3次元レベルでしたが、給電回路の設計は回路レベルで行います。CST STUDIO SUITEのSAM機能(System Assembly and Modeling)を使用して、このように3次元レベルと回路レベルをまたぐ設計プロセスを効率良く実行することができます。この例では、給電回路を含まないアレイアンテナ(パッチアンテナ、ABSボックス、基板、アルミプレート)について3次元レベルのシミュレーションを、給電回路について回路レベルのシミュレーションをそれぞれ実行します。SAM機能は完全なアレイアンテナを3次元レベルでアセンブルします。その結果に基づき、給電回路の結合効果を調べることができます。

SAM機能は、パッチにそれぞれポートを定義したアレイアンテナを、給電回路を含めずに自動的にアセンブルし3次元シミュレーションを実行します。Sパラメータに対称性があるため、4ポートを励起するのみで16要素の完全なSマトリクスを導出することができます。

給電回路の各セグメントは多層マイクロストリップラインとして扱い、回路図ではマイクロストリップラインブロックで表現します(図3)。マイクロストリップラインブロックは伝送線路のSパラメータを表し、アレイブロック(給電回路を含まないシミュレーションから得たSパラメータを表す)に接続します。

この給電回路について、アレイのパフォーマンスを最大化する最適化を実行します。回路シミュレーションは非常に高速で、結果がすぐに得られます。3次元的な効果は含まれませんが、詳細な最適化を3次元解析で実行するにあたり、その初期値とするのに適します。

<p>図3: 給電回路の回路図。アレイモデルの赤丸はディスクリートポートを表す。</p>

図3: 給電回路の回路図。アレイモデルの赤丸はディスクリートポートを表す。

給電回路の3Dシミュレーション

<p>図4: 給電回路を含むアレイの3Dフルモデル</p>

図4: 給電回路を含むアレイの3Dフルモデル

給電回路を含むアレイアンテナの3DフルモデルはSAM機能のマスタープロジェクトで自動的にアセンブルされます(図4)。3D解析では給電回路とパッチアンテナの結合などの効果が加味されるため、回路シミュレーションによる回路特性とはいくらか差異のある結果となります。結合により生じた位相遅延がパッチの励起振幅の一様性を乱します。

給電回路を調整するための最適化を実行します。給電線路とパッチの相互作用は放射分布にも影響を及ぼすため、最適化のゴールをインピーダンス整合と放射分布の両方に設定します。多数のパラメータが関与する複雑な過程となるので、グローバルアルゴリズムを選択します。GPUコンピューティング機能により、計算時間を著しく短縮することができます。図5に示すように、最適化後のアレイはゴールに定めた -15dBを達成しています。目に見える結果としては、ミアンダの長さが変化しました。外側のパッチに接続したミアンダより内側に接続したものの方を長くした結果、パッチ間の位相の差異が平均化され、アレイのパフォーマンスが向上しました。最適化後の放射分布を図6に示します。

<p>図5: 3DアレイモデルのSパラメータ:3次元最適化の前(赤)と後(緑)</p>

図5: 3DアレイモデルのSパラメータ:3次元最適化の前(赤)と後(緑)

<p>図6: 最適化したアレイアンテナの放射分布</p>

図6: 最適化したアレイアンテナの放射分布

測定結果との比較

<p>図7: 作製したパッチアレイと給電回路</p>

図7: 作製したパッチアレイと給電回路

<p>図8: 電波暗室で実施したテストのセットアップ</p>

図8: 電波暗室で実施したテストのセットアップ

アレイのプロトタイプ(図7、図8)を作製し、表面のABSプレート有りと無しそれぞれについてテストを実施しました。プレート無しのSパラメータ(図9)は、振幅も位相もシミュレーションの結果と良好な相関を示します。プレート無しのアレイは、基板とグラウンドプレーンの間にあるエアギャップの大きさに敏感です。プレート有りでは、僅かながら差異が大きくなります(図10)。この場合、表面プレートの製造公差が測定結果に加わる不確定要素となります。

<p>図9: アレイアンテナのSパラメータ:ABSプレート無し</p>

図9: アレイアンテナのSパラメータ:ABSプレート無し

<p>図10: アレイアンテナのSパラメータ:ABSプレート有り</p>

図10: アレイアンテナのSパラメータ:ABSプレート有り

アレイの遠方界についても測定を実施しました。図11は測定とシミュレーションの結果得られた利得をそれぞれ示します。主偏波(co-polarization)(a、b)および磁界面の交差偏波(cross-polarization)(c)では両者の結果はよく一致しています。交差偏波の測定結果の非対称性は、シミュレーションに含まれない取付金具によるものです。

電界面の交差偏波では、測定とシミュレーションの結果が大きく異なっています。電波暗室のなかでは、アレイの位置は不確定で、また残差反射があるため、自由空間における理論上の利得(およそ -140 dB)が達成できません。しかし、磁界面の交差偏波(c)を考えると、電界面交差偏波の測定結果(dの緑)は十分なレベル(-10 dBi- -20 dBi)を示しています。

<p>図11: 5.51GHzの利得:主偏波(上)と交差偏波(下)、磁界面(左)と電界面(右)</p>

図11: 5.51GHzの利得:主偏波(上)と交差偏波(下)、磁界面(左)と電界面(右)

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