インプラントアンテナは医療用テレメータを実現する技術のひとつとして高い有用性が認められますが、その一方で、設計には多くの課題を抱えます。小型アンテナの宿命ともいえる利得が小さく帯域幅が狭いことに加え、アンテナ放射を受ける人体が損失のある複雑な構造である点が非常に重大な問題となります。簡易型の生体モデルは構造が単純なうえに材質が均質な誘電体であるため、これを解析に用いると不確定要素が入り込む原因となります。したがってインプラントアンテナの正確な性能評価のためには、解剖学的モデルが必要です。
本事例では、解剖学的モデルによるシミュレーションと並行して、楕円柱形状の簡易モデルによるシミュレーションも実行し、結果を比較します。簡易モデルの寸法は180 x 100 x 50、CST人体voxelモデル(Laura)の筋肉特性と等価な材質を割り当てます。
評価に用いるアンテナはミアンダ状のフレキシブルアンテナです。インプラント(半径3.2mm、長さ10mm)の周囲にこれを貼り付けます。アンテナのループ形状は、非磁性体である人体内部で磁性アンテナが示す好適な性能に着目して選択したものです(図1)。水平方向の放射体の幅(W1 = W2 = W3)は0.5mm、ただし最上部の放射体の幅(W4)と垂直方向のミアンダの幅(Wv)は1mm、水平方向のミアンダの長さ(LhとLh2)はそれぞれ20mmと9mm、水平方向のミアンダの間隔(Sv)は2.5mm、対称形をしたアンテナ半分の間隔(S)は2mmです。上記はMedRadioと433MHz ISMバンドをS1,1 < -10dB でカバーすることを意図して選択した寸法です(図2)。
簡易モデルによるシミュレーションの結果、利得 -28.4dBi、放射効率 0.057%を得ました。簡易モデルは解剖学的モデルよりサイズが小さいため、実際の結果値は上記よりも高めであると推測されます。
インプラントアンテナは比吸収率(SAR、1.6 W/kg 1g平均、2 W/kg 10g平均) 基準(*解析時の英国における基準)に準拠する必要があります。ここではより制限の厳しい1g平均SARを計算し、結果として入力電力1Wにつき624 W/kgを得ました。これによれば2.6mW(4 dBm)の給電でもSAR基準をクリアできる計算となります。通常のインプラントアンテナの給電(0 dBm)はこれよりはるかに小さい値です。
簡易モデルのシミュレーションでは3D放射分布も求めました。結果の全方位放射分布を図3に示します。アンテナの全パーツが同一材質(筋肉)に囲まれ、全体が対称形構造であることから、放射分布も対称形をしています。
人型簡易モデルのシミュレーションも行いました。材質は上記の簡易モデルと同一の筋肉材質です。人型モデルでは共振周波数が338 MHzにシフトダウンし、全利得と放射効率が減少しました(-48.8 dBi、0.000283%)。これは筋肉材質の誘電率と導電率が皮膚や脂肪のそれに比較して高いためで、皮膚や脂肪を多層モデル化した解剖学的モデルではどちらの値もこれより低めになります
図4のLauraモデルを使用してシミュレーションを行い、簡易モデルの結果と比較します。 Lauraモデル(身長163cm、体重51kg、43歳女性)の腕にアンテナを埋め込みします(図5)。このとき、簡易モデルと同じ向きになるように注意します。ディスクリートポートでアンテナ給電を表現し、トランジェントソルバーでシミュレーションを実行します。結果として得られた反射係数を図6に示します。
上図は、このアンテナが少なくとも203 MHz (S1,1 < -10 dBの帯域:327 MHz ? 530 MHz)をカバーするUWBアンテナであることを示します。MedRadioと433-434 MHz ISMバンドの両方がこの帯域に含まれます。人体モデルに埋め込まれたアンテナは脂肪層の直下にあるため、共振周波数が392 MHzから413 MHzにシフトアップします。また、人体モデルが簡易モデルより大きく、損失のある組織を多く含むため、利得は -45 dBiに減少します。3次元放射分布は非対称になり指向性が増しています(図7)。1g平均SARは580 W/kgとなり、前のシミュレーションと比較すると、均質な簡易モデルによるSARが大きめの値であったことが分かります。
アンテナの向きも非常に重要な要素です。上記のように、簡易モデルではアンテナの全パーツが同じ筋肉材質の中にありますが、解剖学的モデルではそれぞれが異なる材質に接するため方向性があり、したがってアンテナの向きの考慮が可能となります。フレキシブルアンテナやコンフォーマルアンテナでは特にそうです。
アンテナを回転させ4方向それぞれでシミュレーションを行います。どの方向でも上記の2つの帯域はカバーします。所定のパーツが脂肪層に近くなる向きでは、脂肪層の導電率が筋肉より低いため(s = 0.04 S/m vs. 0.79 S/m)利得と放射効率が増大し1g SARが減少しますが、そのかわりに全実効誘電率とアンテナ長が小さくなるため共振周波数が上方にシフトし、MedRadio帯域下のバンドマージンが20 MHzに縮小します。放射分布もアンテナの向きによって異なります。多くの場合、人体から遠ざかる方向への放射が最大となります。
上記のデータは実際の応用に役立ちます。たとえば、アンテナ付きのインプラントを埋め込む向きを決定するために、あるいは消化管を通過するカプセルアンテナの性能が回転によって損なわれないことを確認するために、方向別の性能データが活かされます。
CST voxel familyの解剖学的人体モデルはインプラントアンテナの性能評価と検証に大きな役割を果たします。簡易モデルでは、設計を加速させることはできますが、正確な放射特性データは得られません。人体がかかわるため実施が困難な実験検証の代替手段として、あるいは信頼できるデータのソースとして、解剖学的人体モデルの使用は必須です。アンテナの向きなどは、解剖学的人体モデルでなくては評価の難しいアンテナパラメータです。
R. Alrawashdeh, Y. Huang and P. Cao, “Flexible meandered loop antenna for implants in MedRadio and ISM bands,“ Electronics Letters, vol. 49, 1515-1517, 2013.
まずはお気軽にご相談ください。
解析目的や現在直面している課題などお聞かせください。